老荘思想と黒川哲郎の建築

老荘思想と黒川哲郎の建築

北川進氏のノーベル化学賞受賞のニュースの見出しに、「無用之用」という言葉が躍り、「金属有機構造体という多孔性の材料だった。物質にあいた無数の孔。着目したきっかけは学生時代に読んだ書籍にあった老荘思想の『無用之用』という考え方だった」(朝日新聞2025年10月9日)とありました。
黒川哲郎が建築に対峙するとき、自ずと存在していのが老荘思想です。

黒川は、大学院で天野太郎研究室を志望したことを、「先生は早稲田大学の会津八一の弟子を標榜する文人で、その漂わせる仙遊の世界に惹かれたのだと思い返しています。・・・・先生がライトの戦後日本人弟子第一号として渡米されたのは、その建築理念に東洋の老荘的哲理、即ち、無為自然・脱俗遁世、つまり「精神の自由を求める生き方」をみておられたのではないか(『あるべきようは』2010年5月/天野太郎の建築展実行委員会)」と述懐しています。

黒川は、自著『建築のミッション――スケルトンドミノとスケルトンログは林業と建築を結ぶ』(2012年/鹿島出版会)の、「Ⅲ.日本の木の文明と軸の建築文化」の冒頭で、

「F.LL.ライトは、自身の有機的建築の思想を老子からの啓示と言い、「建築内部の空間こそ建築の真実」の言葉を残しています。視覚とともに意識に流れを生じさせるその空間の流動性は、有機的の発想が、老荘の「無為自然」から生まれたことを感じさせます。・・・・そして「空間こそ建築の真実」は、『荘子』の「虚室生白」に通じています」

と述べています。続いて、

「ル・コルビュジエは、独立柱と床版からなる『メゾン・ドミノ』を提示し、さらに『ガルシュ邸』において、「虚の透明性」を生みだします。・・・・「虚の透明性」は、日本の数寄屋と書院の重層性や重畳性が、視覚とともに意識に働きかける表徴的な空間に始まり、また浮世絵は遠景と近景の間に「気」の画層を透き込んで「虚の透明性」を生じさせています。この「虚の透明性」のさらなる源流は、中国山水画の遠近画法の「気韻生動」です。・・・・山水画は北宋の初期に儒者としての士大夫が隠遁嗜好の文人として「胸中の丘壑(きゅうがく)」を表徴する文人画に変容し、「画の六法」に導かれます」

と述べ、「画の六法」のひとつ「骨法用筆」に着目し、

「日本の建築の軸=円柱は、構造=スケルトン=骨組であり、屋根を載せ、建具を建て込む架台=シャーシ=骨格です。「空間を建築の真実」とし、そこに流動性や透明性を生みだしたのは、骨気を描く座標=グリッド、すなわち「画の六法」のひとつ、「骨法用筆」の骨法です

として、『3.透気(すき)の座標の変遷』というタイトルのもと、日本の建築様式の歴史を解析します。この「骨法」について、黒川の遺著『日本の木でつくるスケルトンドミノ家』(2014年/平凡社)の『スケルトンドミノのスケルトン』で、

「スケルトンドミノの壁から解放されたスケルトン=軸組は、三次元座標をもつスペースグリッド=骨法であり、同時にシャーシ=架台=骨格です」

と前置きして、ライトの『ユーソニアン・ハウス』、コルビュジエの『ドミノシステム』に続いて、

「ミ-スの『ファンズワース邸』は、日本の融通無碍な空間と変易自在な調度の関係のように、
アドルフ・ロースの『ラウムプラン』は、部屋割りを階ごとの平面ではなく、三次元のチェスのように立体で
藤井厚二の『聴竹居』は、一屋一室的な空間構成で
土浦亀城の『自邸』は、空間に段差を付けて部屋を入れ子にしています」

と、近代の建築の巨匠たちの住宅のありようが、老荘思想にもとづいていることを解題し、その後に、

「私が考えるスペースグリッドのイメージは、上下左右へ自由に移動できる遊具のジャングルジムです。住み手や作り手が、自由に間取りや外観を描くことができます

と結んでいます。

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