文化と技術を結ぶ建築家、そして科学者としてプロセスに敏感でありたい

文化と技術を結ぶ建築家、そして科学者としてプロセスに敏感でありたい

2021年5月13日の朝日新聞「科学季評」に、霊長類学者の山極寿一氏が、アフリカでゴリラの調査中にエボラ出血熱を身近に接した体験から、「環境問題は技術のせいか/根幹は人間の『文化』に」との標題で論稿を寄せていらっしゃいました。「感染源はコウモリということだが、原因は何と森林伐採にある。」との一文に惹きつけられ、読み進めると、

「昼行性のゴリラはふだん夜行性のコウモリと出会わないが、伐採で樹木が減り、ゴリラが寝ている木にコウモリがやってきて接触したのだろう。感染したゴリラに森のハンターたちが接触したことで人間にも感染が広がった。さらに、森林伐採によって現金経済が奥地まで浸透し、伐採会社が去って失業した人々が現金を得ようとして野生動物の肉を都市に売りさばこうとし始めた。伐採会社が作った森林道路と携帯電話が一役買い、都市からの注文を受けて野生動物の肉がすばやく都市に運ばれ、感染が広がったというわけだ。」

と、専門分野からの分析をイントロに、

「自然の大規模な改変やグローバル経済の浸透は地球の至る所で起きている。それは地域の文化を急速に変容させ、今まで微妙なバランスで抑えられていた細菌やウイルスを都市に運ぶ結果となる。」

と、今日の世界の状況を語り、こう続けています。

「その責任を地元に押し付けるべきではない。…人々はより大きな幸福を求めて新しい生活を選ぶ権利を持っているからだ。ただ、その変容によって何か起こるかをあらかじめ予想し、対策を打っておくことが不可欠となる。…科学技術はそのために使わなくてはならない。

そして、この4月から京都の地球環境学研究所の所長に就任されたという氏は、日本の林業と環境について

「戦後の復興で建材の需要が高まり、日本の各地で大規模な造林が進み、広葉樹林がスギやヒノキの針葉樹林に置き換えられた。その計画は安価な外国材の導入により宙に浮き、針葉樹林は間伐などの手が入れられないままに放置された。それがシカやサルなど野生動物のすみかを奪って畑地や里に侵入させる結果を招き、人々を困らせている。戦後の土建国家政策は、全国に道路網を敷き、河川に大小のダムを建設し、海岸にコンクリートの防波堤を張り巡らせた。その結果、川の流れがせき止められ、森に十分な水や栄養が行き渡らず、保水力が落ち土壌は崩れやすくなり、森里川海の循環が断ち切られた。」

と、見事に建築・林業・土木の問題点を看破されています。そして、

「日本列島は自然の多様性に富み、それをもとに人々は多様な文化をはぐくんできた。科学技術はその文化と寄り添い、地域の特性に合った暮らしを設計する役割を担うしかしその適用を間違えると悪影響が瞬くうちに地球をめぐり、思わぬ災禍を引き起こしてしまう。科学者はそのプロセスに敏感でなければならない。技術に生活をあわせるのではなく、地域の自然に合った人間の幸福な暮らしとは何かを考え、実現するための技術を導入する必要があると思う」

と結論づけています。

建築家・黒川哲郎は、

「このまま木造の家が『在来工法』だけで建て続けられていけば、日本人が縄文の時代から山と共に育んできた『木の文化』は失われてしまうでしょう」①

として、スケルトンドミノの構法とシステムのケーススタディ15件の実作を重ね、無垢の製材による[プロトトタイプ]を得ました。また一方、

「このまま国産材活用を可能とする構法の開発がなされなければ、戸建て住宅の場合と同様に拡大された需要は、そっくり輸入材に奪われてしまうという危機感を強く感じました」②

として、「地域材と地域技術による公共建築の木造化構法の開発と実践」③で、スケルトンログの構法による大型木造の実作を全国に36件余重ね、遺作『うきは市立総合体育館うきはアリーナ』で、丸太材による「メインアリーナ棟(42×54m)=立体ハウトラス構造」、「多目的アリーナ棟(30×36m)=立体プラットトラス構造」、「プール・トレーニング棟(30×36m)=ハマウヅトラス構造」④を得ました。

山極寿一氏は、結論の前段で、

「それらの責任が政府の失政にあるというわけではない。人工的な構造物で人々の生活圏を取り囲んだのは、ひとえに安全・安心で快適な暮らしを実現したいという人々の願いだった。それは文化の問題だ。

とも、述べています。

黒川が、1980年代半ばから急速に木造建築にシフトしていったことで、「黒川さんが木造にこだわった理由は何ですか」と、私は幾度となく問われますし、「『都市住宅』誌に掲載していたころの勢いのままRC造作品を作り続けていればよかったのに」といった声も耳に入ります。

その度に、「『木造建築が孕むグリッドと設計するスケルトンとの合理性に気づいた』みたいですよ」といった曖昧なことしか答えられず忸怩たる思いでした。

今回、山極氏の論稿に出会って、やっと、

「文化と技術を結ぶことが建築家のミッションであり、その適用を間違えると思わぬ災禍を引き起こしてしまうことを予感し、科学者としてそのプロセスに敏感でいたい」と黒川が認識していたことが、その答えのようにと感じられました。

①『日本の木でつくるスケルトンドミノの家』2014年(平凡社)19頁
②『建築のミッション』2012年(鹿島出版会)92頁
③「地域材と地域技術による公共建築の木造化構法の開発と実践」2004年日本建築学会業績賞
④ 圧縮主体の木造ならではの構造は、黒川哲郎の長年の協同者・構造設計家の浜宇津正の独創であることから、黒川が命名したもの。ちなみに、ハウトラス構造は考案者William Howeに、プラットトラス構造はThomas and Caleb Prattによっている。

森林資源活用をすすめる木構法スケルトンドミノ[プロトタイプ]展
東京藝術大学美術館 陳列館 2011年1月9日~22日
リーフレットより

[木のデザイン]wood-design exhibition
脇田美術館(長野県軽井沢) 2010年9月25日~11月24日
リーフレットより

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