東京藝大建築科教室の修業時代と、それから

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東京藝大建築科教室の修業時代と、それから

「上野動物園の旧ゾウ舎(4代目)は、東京藝術大学建築科(吉村順三・藤木忠善・益子義弘・坪井善昭・黒川哲郎ほか)によるものでした。藝大建築生はやはりみな知っているのかな。」とのツイートがありました。

『新建築』誌1968年12月号には、『宮殿 基本設計:吉村順三』と『東京国立博物館・東洋館 基本設計:谷口吉郎』が掲載され、その三番手に『象舎・東京都上野動物園』が続き、そのデータの設計者の末席に黒川哲郎の名前が載っています。

『A TRAIL/FUJIKI SCHOOL/SINCE 1970』で、黒川は、

「私は入学以来、外の世界を知らず、藝大の純粋培養と自らを揶揄しているが、実は大学に正式に席の無い期間があり、それは修士課程天野太郎研究室修了直後からの藤木研究室時代である。当時藤木研は、『上野動物園の象舎』が現場段階、『共和レザー厚生棟』が実施完了間際で、私は、親戚の企業の工場と工場長の住宅を担当させてもらった。・・・卒業時にはほとんど一人前という当時の芸大生にあって奥手の私は、益子義弘さんや山下泉さん先輩達の手を煩わせ、・・・『箱根国際会議場コンペ案』『最高裁コンペ案』では山本学治研究室の院生だった山本理顕さんが手伝ってくれた。・・・藤木さんはコンセプトやイメージつくりはほとんど任せてくれて、建築的なリアライザーションの段階で、自ら製図版に向かい一気呵成に仕上げていった。こうして建築がまさにモノになっていく過程を藤木さんから学んだ」

と、当時の東京藝大建築科教室の日常の情景を記しています。

件の『新建築』を繰ると、垂直線と水平線からなる静謐で壮大な前二作と対照的に、わずか586平米にもかかわらず、様々な平立断面図や透視図、部分図、コンセプト模型の写真などが10頁にわたって散りばめられ、さながら謝肉祭といったところです。

丁度朝日新聞に『ZOO is the Peace 上野動物園140年』が連載され、「開園は1882年で上野に移った博物館(現在の東京国立博物館)の付属施設との位置づけだった」「28年にはホッキョクグマを『無柵放養式』の展示に切り替え、32年には『サル山』方式を初めて導入し、戦時中は戦意高揚に利用されたが、43年には、猛獣の処分が命じられた」「終戦後、食糧難の中、職員らは再建を進め、45年度に約29万人だった入園者は、49年度にはゾウが再び来園し約372万に達した」と書いてありました。(2022年4月6・7日)

『新建築』の「はじめに」で、藤木氏は「新しい都市動物園として十分な機能を果たし得るようにするため、私たちは昭和41年東京都の委託により上野動物園の東園、西園のマスタープランを提案し、この象舎は、その段階で検討された動物舎施設の基本的考え方の最初の建築化である」とし、「この象舎の建設を機会に、この種の施設の現状に少しでも関心が持たれ、次代を担う世代のために今後その改善が本格的に進められて、再び自然との語りあいがよみがえることを願っている」と述べ、「インボルブメント」「パドック」「サイロ」「鼻」「象と人間のスケール」「十字梁」「色と光」という多面的なサブタイトルのもとに、「建築化へのプロセス」を具体的に語っています。

続いての「構造について」は、構造講座の教授にあった温品鳳治氏が「まるで雲をつかむような話から、最終的な実施案のスキームに到達するまでにはずいぶんと長い道を歩んだ。この過程は、大変面白いプロセスであるが、文字で正確に表現することはむずかしいので、最終案のまとまり方を説明する」と前置きして、細かな説明がなされ、「以上がこの象舎のパースペクティブであるが、一見複雑な外観と異なり、骨組みは単純で明快である」と結んでいます。是非とも図書館等のバックナンバーを読んでいただければと思います。

ちなみに、温品事務所の新人だった浜宇津氏とのこの時期の出会いが、「黒川哲郎と浜宇津正の三十八年」へと続くのです。

黒川個人としての建築デビューは、1972年12月『都市住宅弟3集』の鉄骨とガラスブロックの『高島邸』です。たまたま藤村龍至氏の『批判的工学主義の建築』(2014年NTT出版)の中に、東浩紀の言として、「1945―1970年を理想の時代」、「1970―1995年を虚構の時代」、「1995年以降を動物の時代」としている記述を見て、まさに「理想の時代」に教育を受け、その後、あまたの師から直接に薫陶を受けた黒川が、「虚構の時代」にあって建築をつくっていく苦悩、そして1993年の『置戸営林署庁舎』で自らの建築を確立したことが何故か腑に落ちました。

黒川がスタディを重ねていくスケルトンログは、レヴィ=ストロースが言う、『栽培思考』と画する『野生の思考』そのものであったような気がしてなりません。

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